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いない人

  大人。

  どこにでもいる大人。学校にもいるし、保育園にもいるし、病院にもいるし、駅にもいる。  いない場所が、ない。

   ぼくが怖い大人と遭遇したのは、小学校低学年のころ。

   鉄棒だったか、砂場だったか、サッカーだったか、何をしていたかは定かではないけれど、怖い大人を見たのは備品が入れてある倉庫の近くだった。

  倉庫のすぐそばには、分厚い鉄の裏門があって、知らない人は入れない。

  ぼくはそこで怒鳴られた。知らない女の人に。

  親に怒鳴られたことはあれども、まったく知らない人に意味のわからないことで怒鳴られた経験はなかったから、ぼくはその人の顔をじっくり見てしまった。

  ぼくが視線を向けたことが、彼女の怒りにさらに油を注いでしまったようで、怒鳴る声が大きくなっていく。

  彼女は、ぼくに「はしたない、恥ずかしくないのか」と言っていた。

  そのころのぼくは「はしたない」の意味は知らなかったけれど、「恥ずかしくないのか」の意味はよくわかった。

  でもぼくは何を恥ずかしいと思わなければならないのだろう。

  「ズボンの色じゃない?」と、一緒に遊んでいたマイコちゃんが言う。

  「ズボン?  なんで?」

  「はだ色だから。  ズボンを履いていないように見えるのかもよ」

  「ズボンを履かない人なんて、いるわけないじゃん」

  「たぶんあの人、‪✕‬‪✕‬‪✕‬‪✕‬なんだよ」

  と、マイコちゃん。先生が聞いたら激怒するような言葉を使う。  でもぼくも‪✕‬‪✕‬‪✕‬‪✕‬だと思った。

  女の人が門をつかみ、ぼくを怒鳴り続けている。門の中に入れるわけがない、と思うぼくと、もし入ってきたらどうしようと思うぼく。

  女の人の爪は長く伸びていて、手も荒れていた。引っ詰めた髪の毛はバサバサで、怒られるかもしれないがオニババにも見えたし、檻の中で威嚇しているマントヒヒのようにも見えた。

  ひとつ言えるのは、あの女の人は妖怪なのか獣なのかよくわからない存在だった。ぼくにとっては、人間ではなかった。

  1組のコイズミや同じクラスのトヨダだって、もう少し話はできるなと思った。すごく嫌なやつらだけど、会話は成立する。あいつら、とりあえず人間だったんだな──とぼくは変なところで納得してしまった。

  結局、女の人はぼくをはしたない恥ずかしい汚物を見るような目で去っていき、ぼくとマイコちゃんは校舎に戻った。この事は先生に言わなかったし、親にも言わなかった。